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国立新美術館のお仕事探訪 ~インターンが聞く!バックヤードインタビュー~ Vol. 5 学芸課:情報企画室編

Vol. 5 学芸課:情報企画室編

インタビュイー:情報企画室室長・室屋泰三主任研究員

≪室屋室長が担当した展覧会/ワークショップなど≫
「ニッポンのマンガ*アニメ*ゲームManga*Anime*Games from Japan」展(2015年)、
「NACT+JAA アニメーション・キャラバン2020『みんなでアニメーション!作ろう☆動かそう!ワークショップ in 国立新美術館』」(2020年)、他。

最初に、普段の業務内容を教えてください!

情報企画室は、美術館のホームページを管理したり、いろいろな情報や資料を集めたりしています。国立新美術館(以下、新美)の特徴の一つは、所蔵作品を持たないこと、その代わりに情報を集めましょうというのが当初からのコンセプトだったんです。例えば、全国の展覧会情報を集める「アートコモンズ」というプロジェクトでは、美術館や画廊にチラシやはがきを送ってもらい、それをデータベース化して公開しています。

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△展覧会情報検索システム「アートコモンズ」

また、展覧会の際には、映像機器や音響機器を使った作品の技術的なサポートもしています。例えば、現代美術の映像インスタレーション作品であれば、展示方法を考えてサポートするようなことも、開館以来ずっと行っているんです。

他にも、美術館内の情報セキュリティ管理をはじめ、情報関連全般のことは何でもやっているのが情報企画室です。

私個人としては、新美が所属している独立行政法人国立美術館という組織のCISO*補佐も兼任しています。法人全体の情報セキュリティ責任者として、方針などを検討するような役割です。

*CISO(Chief Information Security Officer:最高情報セキュリティ責任者)

大学での専攻や研究の内容を教えてください!

私自身は理系の大学を出ています。理系の学科しかない学校で、学部の時には情報数理工学科というところにいました。情報数理工学というのは、「数学+コンピューター+何か」という組み合わせで、世の中のいろんなことを分析的に考えていこうっていう学問なんです。物理学や社会学、心理学なども応用しますね。

学部の頃にやっていたのは、CT(コンピュータ断層撮影)の計算原理についての研究です。レントゲン写真はX線を当てて撮影しますが、CTは撮影というより、計算結果なんです。中にコンピューターが入っていて、いろいろな方向からX線をあてた計測結果をたくさん集めて計算すると、ああいう映像になるんですね。その際の計算原理をコンピューターで扱うために、いろいろと数学的な工夫をするんですが、その工夫の仕方というのを研究していました。

同じ研究を博士課程でも続けていたのですが、その研究で博士号を取るというのは難しく、そうこうしているうちに美術館と出会うことになりました。色彩学についても並行して研究していたんですが、色彩を通して絵画の画像分析をするという研究テーマに出会い、今もそのテーマで研究を続けています。

情報数理工学の研究と合わせて、色彩学や絵画の研究もされていたのですか?

二つの分野を総合的に研究していた訳ではなくて、結果的に関連していったというのが面白いところでしたね。大学で二人師事したい先生がいまして、一人はCTの研究室、もう一人は色彩学の研究室の方で、どちらに進もうか悩んでいました。そんな訳で二つの研究室を行き来していたのですが、博士の後期課程から美術館のアルバイトを始めて、そちらの分野に自分の生活が向いてきたこともあり、色彩の方にシフトしていったんです。

色彩学には、主観的なアプローチや心理学的なアプローチなどいろいろあるのですが、私は数学的な方法を使うことにしたんです。絵画を見る時って、その絵の時代や言語、生活が今とは全然違ったとしても、私たちは何かを感じますよね。そこには、言語や心理などの主観的なものを超えた何かがあるのではないかと思うようになって。そういったことを研究するために、絵を見て言語的に語るよりは、色彩を数学的に分析できるのではないかと気づきました。たまたまCTの研究をしていた時に使っていた数学の手法が使えたので、そこで二つの分野が繋がったんです。

そこからどのようにして美術館で働く道が見えてきたのでしょうか?

CTの計算原理の研究をしていた時に、当時の東京国立近代美術館(以下、東近美)の情報資料室長をしていた方から、私の通っていた研究室に手紙が来たんです。その頃は、美術館や博物館がインターネットでホームページ制作やメールの利用を始めた時期で、そういったことを手伝ってくれる人はいないかという内容で。お話だけでも聞こうと訪ねに行って、まずは東近美のアルバイトになりました。電子メールを使えるようにしたり、ホームページを立ち上げたりということを始めたんです。

東近美から新美に至る経緯などを教えてください!

私は新美の設立準備室ができてから2~3年目くらいに入ったんです。それまでは、東近美でIT系の仕事や、映像作品展示の手伝いなどをしていました。美術館と情報機器をつなげたり、作品と映像・音響をつなげたりする仕事をしている中で、ちょうど新美の設立準備室ができ、声をかけていただいたという感じです。

大学に残れるように博士号をとって、教員としてやっていくのが最初のビジョンだったのですが、美術館も手伝ってみるとやりがいのある仕事で、特に作品に関わるようになってからは面白みも感じるようになりました。研究との両立はなかなか大変でしたが、一応どちらもメインストリームになるように頑張って、結果ここに収まったという形です。

長く美術館のお仕事をされていますが、今までで一番印象に残っているお仕事はなんですか?

大変な仕事も多かったのですが、心に残っている仕事はいくつかあります。

新美の開館記念展である「20世紀美術探検―アーティストたちの三つの冒険物語―」展(2007年)では、一階の展示室を全て使った物凄く大規模な展示をやったんです。私は映像を使う作家たちの展示を手伝っていました。その中の1人、マイケル・クレイグ=マーティンさんが、4台のプロジェクターを組み合わせたすごく大きな映像の作品を作られていて。彼とアシスタントが日本に来て、お話を聞きながら機材を用意してセッティングしたんですが、なかなか上手くいかなくて、原因もわからなかったんです。

作家本人も心配し始める中で、ある時作家がアシスタントに「彼を信じるべきだ」と言われたものですから、これは頑張らないといけないなと。結果的には原因もクリアしてうまく行きましたが、あの時は大変でした。

作家はこちらのテクニカルなサポートを求めている訳ですから、要望されていることをそのまま実現したいんです。特に、新美のコンセプトの一つは所蔵作品がないことである以上、私としては新美じゃないとできない展示を見てもらいたい。スケールの大きな空間でインスタレーションをやりたいという作家の要望を最大限に実現することで、新美らしい展示ができるんじゃないかと思うんですね。それは所蔵し得ないものですから。

2015年には、展覧会の企画をやらせていただいたのも印象に残っています。「ニッポンのマンガ*アニメ*ゲームManga*Anime*Games from Japan」という展覧会を、日本国内とミャンマーとタイに巡回して、2年くらい行ったり来たりしていました。0から企画を立ち上げたので、大変ではありましたが。

マンガやアニメのテーマは室屋さんが決めたのですか?

当時の館長から、「日本のポップカルチャーを世界に紹介できる、俯瞰的な幅の広い展覧会を」というお題を与えられました。まず、研究者6~7人のチームで、日本のマンガ、アニメ、ゲームの歴史をたどる一冊の本を制作し、その中からテーマ別に作品を集めたんです。

ちょうど1987~89年にかけてが、「攻殻機動隊」や「AKIRA」などのエポックメイキングな作品が出てきた時期なんですね。89年は手塚治虫が亡くなった年ということもあり、平成が始まるこの期間にフォーカスすることが決まりました。その後、「1989」というスローガンの下、平成のマンガ、アニメ、ゲームそれぞれに10個のテーマを設定し、各テーマに作品を充てていきました。

これを一冊の本にまとめたのですが、本をそのまま展覧会にすることはできなかったんです。全部で300作品ぐらいになってしまったのと、30のテーマが重複したり繋がらなかったりもしたので、そのまま展示するのは難しくて。これをギュッと圧縮して、テーマを絞って展覧会の形にしたんです。130作品くらいを、いろいろなところからお借りして展示しました。

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△書籍「ニッポンのマンガ*アニメ*ゲームfrom 1989」

展覧会テーマの中には、「テクノロジーが描く『リアリティ』」というのもありました。テクノロジーの進化は、マンガやアニメの世界観にものすごく影響を与えています。インターネットが発達してきたことあって、新海監督が「ほしのこえ」を発表したり、ボーカロイドの楽曲をベースにしたアニメが作られたりなど、コンテンツとコンテンツが共鳴しあって作品が広がっていったことにもフォーカスしました。

ゲームの分野では、現在はソーシャルゲームが全盛ですが、当時ですと「ダンス・ダンス・レボリューション」などの「踊る系」をプレイすることがパフォーマンスになっていましたね。あとは「ファイナル・ファンタジー」などの、とにかくみんなでやるゲーム。ゲームが場として成り立つようになってきたんです。「ゲームやってるのは暗い」というのは昭和のマイナスなイメージで、今のゲームはそんなんじゃないよと。

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△「ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム」展のガイドブックより

昭和の時代と比べると、日常と非日常の複雑な関係性が見え隠れする作品が多くなってきたということもありました。「エヴァンゲリオン以降」と言ってもいいかもしれません。阪神淡路大震災の時も東日本大震災の時も、「現実とのリンク」を描いた作品が多くあったように、作品と現実とがより密接に関わっているというのが、マンガの特徴なんです。

最後の方には、クリエイターのこだわりに焦点を当てた「作り手の手業」というテーマもありまして。コンピューターがあればいい作品が作れるという訳ではなくて、こだわり抜いた結果すごい作品ができる、という例をいくつか紹介しました。

この展覧会をタイやミャンマーに巡回したことも非常に印象的でしたね。ミャンマーはその年の選挙でアウンサンスーチーさんが勝って、次の年からは政治形態が随分変わるという頃。展覧会はどうなるんだろうと心配していましたが、会期中は当時の軍事政権の任期だから大丈夫ということになりました。

貧富の差が激しく、すごく貧しい子供たちもいましたが、私たちが思っているよりはずっと豊かで、市場に行くと本が大量にありました。日本の昔のように寺子屋みたいなところがあって、お寺が子供に読み書きを教えるので識字率はすごく高い。しかも携帯電話はスマホなんですね。ガラケーの時代がないんですよ。みんな普通にFacebookとかを使っているんです。

涅槃仏や仏教建築も素晴らしかったです。ミャンマー人は敬虔な仏教徒なので、みんな寄進するから全部綺麗に直すんですね。古びたものなんて全然ないし、日本のわびさびみたいな感じではなくて、仏様はピカピカしていました。光背がLEDでチカチカしていたり、最新技術が導入されていて、同じ仏教とはいっても宗教観は全然違うんです。向こうではわびさびで朽ち果てさせたら高温多湿ですぐ駄目になってしまうだろうし、やっぱりこまめに修繕して大切にしていく訳ですね。そのあたりの違いは面白かったです。

展覧会を企画する中で、一番好きだった作品を教えてください!

絞るのは難しいので二つ挙げると、一つはゲームの「グランツーリスモ6」というドライビングシュミレーターゲームです。開発している会社に説明に行くと、展示のための特別映像を作っていただけることになり、私が子供の頃に流行ったスーパーカーを走らせてくれました。

もう一つは、弐瓶勉の「BLAME!」です。掲載されていた雑誌の副編集長にコンセプトを説明しましたら、「じゃあ好きなシーンを持っていって」と言ってくださって。原稿の束を袋につめてお預かりして、その原稿を見ながら見開きで4ページ分くらい選んで展示ができました。展覧会の作業は、終電になったり家に帰れなくなったり、すごく大変なこともあるのですが、そういうことがあるとものすごい喜びですよね。まあそんなこと10回やって1回あるかないかですけど(笑)。

現在のインターンの仕事内容を教えてください!また、今後インターンに学んでほしいことはありますか?

今のインターンさんには、いろいろな展覧会の情報を集めてもらっています。特に、コロナ禍に国内でどのような展覧会活動が行われていたのかについて。中止になったもの、延期になったもの、オンラインになったもの、工夫してオフラインで行われたものなどを調査して、最終的にそれをビジュアライズした「2020年の展覧会シーン」としてまとめてもらおうと思っています。今は大きな紙に付箋をベタベタ貼って、全体の傾向について分析やディスカッションができるようにしてもらっているところです。

「インターンに学んでほしいこと」という質問でしたが、「学んでもらう」こととはちょっと違うかもしれません。結果どういう答えが出てくるかはわからないというか、答えがあるのかないのかも、正直よくわからない。どこかに辿り着けるかもしれないし、中途半端なところで終わってしまうかもしれません。私自身がやっている研究もそうですが、正解があってそこに向かっていく訳ではないんですね。答えが分かっている問題を出して、「こうやったら解けますよ」という小学校の計算ドリルみたいなやり方ができれば、お互い楽かもしれないけれど、それでは面白くない。

体系づけられた学校の勉強と違って、答えのはっきりしていないことが美術館の現場でもたくさんあります。結果がどうなるか分からないものに対して、どういうアプローチをとれば少しでも近づけるのだろうかと考え、ディスカッションしながら進めていく。そのような姿勢が、インターンの皆さんの役に立てばいいかなと思っています。

【インタビュアー・編集】
井口 茉優
2020年度教育普及室インターン生。東京造形大学メディア専攻4年(当時)。
大学ではワークショップ企画などにも携わっている。好きな企画展は「佐藤可士和展」(2021年)

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