メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年

フラ・アンジェリコ(本名 グイド・ディ・ピエトロ)《キリストの磔刑》
1420-23年頃、テンペラ/金地、板、63.8×48.3 cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Maitland F. Griggs Collection, Bequest of Maitland F. Griggs, 1943 / 43.98.5

ラファエロ・サンツィオ(サンティ)《ゲッセマネの祈り》
1504年頃、油彩/板、24.1×28.9 cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Funds from various donors, 1932 / 32.130.1

ルカス・クラーナハ(父)《パリスの審判》
1528年頃、油彩/板(ブナ)、101.9×71.1cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Rogers Fund, 1928 / 28.221

カラヴァッジョ(本名 ミケランジェロ・メリージ)《音楽家たち》
1597年、油彩/カンヴァス、92.1×118.4cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Rogers Fund, 1952 / 52.81

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《女占い師》
おそらく1630年代、油彩/カンヴァス、101.9×123.5cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Rogers Fund, 1960 / 60.30

ヨハネス・フェルメール《信仰の寓意》
1670-72年頃、油彩/カンヴァス、114.3×88.9cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
The Friedsam Collection, Bequest of Michael Friedsam, 1931 / 32.100.18

フランソワ・ブーシェ《ヴィーナスの化粧》
1751年、油彩/カンヴァス、108.3×85.1cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Bequest of William K. Vanderbilt, 1920 / 20.155.9

マリー・ドニーズ・ヴィレール《マリー・ジョゼフィーヌ・シャルロット・デュ・ヴァル・ドーニュ(1868年没)》
1801年、油彩/カンヴァス、161.3×128.6cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Mr. and Mrs. Isaac D. Fletcher Collection, Bequest of Isaac D. Fletcher, 1917 / 17.120.204

オーギュスト・ルノワール《ヒナギクを持つ少女》
1889年、油彩/カンヴァス、65.1×54cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
The Mr. and Mrs. Henry Ittleson Jr. Purchase Fund, 1959 / 59.21

エドガー・ドガ《踊り子たち、ピンクと緑》
1890年頃、油彩/カンヴァス、82.2 × 75.6 cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
H. O. Havemeyer Collection, Bequest of Mrs. H. O. Havemeyer, 1929 / 29.100.42

ポール・セザンヌ《リンゴと洋ナシのある静物》
1891-92年頃、油彩/カンヴァス、44.8×58.7 cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Bequest of Stephen C. Clark, 1960 / 61.101.3

クロード・モネ《睡蓮》
1916-19年、油彩/カンヴァス、130.2×200.7cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Gift of Louise Reinhardt Smith, 1983 / 1983.532

展覧会概要

1870年に創立されたアメリカ・ニューヨークのメトロポリタン美術館は、先史時代から現代まで、5000年以上にわたる世界各地の文化遺産を包括的に所蔵しています。
 本展では、同館を構成する17部門のうち、ヨーロッパ絵画部門に属する約2500点の所蔵品から、選りすぐられた珠玉の名画65点(うち46点は日本初公開)を展覧します。15世紀の初期ルネサンスの絵画から19世紀のポスト印象派まで、西洋絵画の500年の歴史を彩った巨匠たちの傑作が、一挙来日します。
 フラ・アンジェリコ、ラファエロ、クラーナハ、ティツィアーノ、エル・グレコから、カラヴァッジョ、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール、レンブラント、 フェルメール、ルーベンス、ベラスケス、プッサン、ヴァトー、ブーシェ、そしてゴヤ、ターナー、クールベ、マネ、モネ、ルノワール、ドガ、ゴーギャン、ゴッホ、セザンヌまで、時代順に3章構成でご紹介します。メトロポリタン美術館が誇る至高の名画を、ぜひご堪能ください。

会 期 2022年2月9日(水)~ 2022年5月30日(月)
毎週火曜日休館 ※ただし5月3日(火・祝)は開館
開館時間 10:00~18:00
※毎週金・土曜日は20:00まで
※入場は閉館の30分前まで
会 場 国立新美術館 企画展示室1E
〒106-8558東京都港区六本木7-22-2
主 催 国立新美術館、メトロポリタン美術館、日本経済新聞社
後 援 米国大使館
お問合せ 050-5541-8600(ハローダイヤル)

メトロポリタン美術館の歴史

メトロポリタン美術館は、1866年7月4日、パリでアメリカ独立宣言の90周年を祝うために集ったアメリカの人々によって構想が提案され、その4年後の1870年4月13日に創立されました。アメリカ国民のために美術の教育と振興を図ることを使命とし、実業家や資産家、芸術家といった市民が創立者として尽力しました。創立当初、作品は1点もありませんでしたが、個人コレクターからの寄贈など、関係者の努力によってコレクションを形成し、1872年2月20日、ニューヨークのマンハッタンの小さな建物の中で一般公開を開始します。そして1880年、現在の場所である、セントラル・パーク内の建物に移りました。以来拡張を続け、現在では、先史時代から現代まで5000年以上にわたる世界各地の考古遺物・美術品150万点余りを有しています。

ヨーロッパ絵画部門

ヨーロッパ絵画部門のコレクションは、メトロポリタン美術館の創立から1年後の1871年、ヨーロッパの画商から購入した174点の絵画から始まりました。以来、寄贈・遺贈と購入により拡充が続けられ、現在は、13世紀から20世紀初頭まで、2500点以上に及ぶヨーロッパ各国の絵画を所蔵しています。同部門の常設展ギャラリーは美術館の2階に位置しますが、2018年より照明設備を改修する「スカイライ ト・プロジェクト」が進められています。電灯が普及する以前の19世紀末まで、絵画は自然光のもとで描かれ、鑑賞されていました。スカイライト・プロジェクトは、天窓からの自然光をギャラリーの照明に活用することで、より快適で自然な鑑賞環境を整える試みです。本展は、この改修工事をきっかけとして実現しました。

構成・出品作品

I. 信仰とルネサンス

イタリアのフィレンツェで15世紀初頭に花開き、16世紀にかけてヨーロッパ各地で隆盛したルネサンス文化は、神と信仰を中心とした中世の世界観に対して、それに先立つ古代ギリシア・ローマの人間中心の文化を理想とみなし、その「再生(ルネサンス)」を目指したものです。
 中世の絵画では、キリストや聖母は平面的に超然とした姿で描かれ、神性が強調されていましたが、ルネサンスの絵画では、古代美術を手本として立体的に人間らしく描写され、人物を取り巻く空間も、遠近法を用いて奥行きが表現されるようになりました。人間味あふれる古代の神々の物語を描いた神話画が、宗教画と並んで絵画の主要ジャンルになったことも、ルネサンス期の特徴です。また、ドイツやネーデルラントなど北ヨーロッパでは、 16世紀に宗教改革による聖像礼拝の否定を受けて、宗教画の需要は減り、神話画や肖像画が隆盛しました。
 このセクションでは、イタリアと北方のルネサンスを代表する画家たちの名画17点をご覧いただきます。

フラ・アンジェリコ《キリスト磔刑》

フラ・アンジェリコ(本名 グイド・ディ・ピエトロ)《キリストの磔刑》
1420-23年頃、テンペラ/金地、板、63.8×48.3 cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Maitland F. Griggs Collection, Bequest of Maitland F. Griggs, 1943 / 43.98.5

初期ルネサンスのイタリアを代表する画家フラ・アンジェリコは、ドミニコ会の敬虔な修道士で、没後まもなく「天使のような修道士」(フラ=修道士 アンジェリコ=天使のような)と呼ばれるようになりました。彼は一点透視図法を用いて三次元空間を表現した最初の画家の一人です。キリストの磔刑場面を描いたこの作品は、背景が金地で埋め尽くされ、非現実的な設定ですが、十字架を取り囲む人々が手前から奥に向かって楕円形に配置され、空間の奥行きが表現されています。中世美術の非現実性・平面性とルネサンス美術の現実性・三次元性が融合した、初期ルネサンスの貴重な作例です。

ラファエロ《ゲッセマネの祈り》

ラファエロ・サンツィオ(サンティ)《ゲッセマネの祈り》
1504年頃、油彩/板、24.1×28.9 cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Funds from various donors, 1932 / 32.130.1

新約聖書によれば、キリストは最後の晩餐の後、弟子たちを連れてオリーヴ山のゲッセマネの園に向かい、磔刑への恐れに苦悩しながら神に祈りますが、その脇で弟子たちは眠り込んでしまいます。この「ゲッセマネの祈り」の場面を表した本作品は、ルネサンスの巨匠ラファエロが20~21歳頃に描いたものです。もともと、ラファエロがペルージャのサンタントニオ・ディ・パドヴァ女子修道院のために制作した祭壇画《聖母子と聖人たち(コロンナの祭壇画)》の最下部、「プレデッラ」と呼ばれる部分を飾っていました。若きラファエロの繊細優美な作風を堪能できる1点です。

クラーナハ《パリスの審判》

ルカス・クラーナハ(父)《パリスの審判》
1528年頃、油彩/板(ブナ)、101.9×71.1cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Rogers Fund, 1928 / 28.221

「パリスの審判」は16世紀にドイツで流行した神話主題で、ドイツ・ルネサンスの巨匠ルカス・クラーナハ(父)も何度も絵画に描いています。ユノ、ミネルヴァ、ヴィーナスの3人の女神のうち、誰が「最も美しい者に」と記された黄金のリンゴを手にすべきか、判定を一任されたトロイアの王子パリスは、世界一の美女を与えると約束してくれたヴィーナスを勝者に選びました。この作品では、黄金のリンゴの代わりに水晶玉を持った伝令の神メルクリウスが、森のなかで目覚めたパリスに、3人の女神を引き合わせています。側面・正面・背面と、異なる角度から描かれた女神たちの生々しい裸体は、独特の官能性を漂わせます。甲冑や宝飾品の精緻なディテールや、うっそうと茂る草木、険しい山岳風景など北方特有の自然の細やかな描写も見どころです。

II. 絶対主義と啓蒙主義の時代

このセクションでは、君主が主権を掌握する絶対主義体制がヨーロッパ各国で強化された17世紀から、啓蒙思想が隆盛した18世紀にかけての美術を、各国の巨匠たちの名画30点により紹介します。
 17世紀初頭、激しい明暗の対比や劇的な構図を特徴とするバロック様式がカトリック世界の中心都市ローマで生まれ、やがてヨーロッパ各地に伝播しました。ドラマティックなバロック美術は、カトリック教会と専制君主の宮廷という、聖俗二つの権力の誇示のために活用されたのです。
 カトリック圏のイタリア、スペイン、フランドルでは、信仰心を高揚させる宗教画が制作され、 また、スペイン国王フェリペ4世の宮廷では、王侯貴族の壮麗な肖像画が盛んに描かれました。 一方、共和国として市民社会をいち早く実現し、プロテスタントを公認宗教としたオランダでは、 自国の豊かな自然を描いた風景画、花や事物を主題とする静物画、市民や農民の日常生活に題材を得た風俗画が、それぞれ独立したジャンルとして発展します。また、太陽王ルイ14世の治世下で、王権を称揚する芸術の創出を目指したフランスでは、美術政策の中枢を担ったアカデミーの理論に基づき、古代とルネサンスの美術を模範とする古典主義様式の絵画が展開されました。
 18世紀初頭、ルイ14世の治世晩年になると、軽やかで優美なロココ様式の絵画が現れ、世紀半ばにかけて流行します。アカデミーの理論で低く位置づけられてきた風俗画・静物画の分野で優れた作品が生まれたことや、女性画家が躍進したことも、この時代のフランス美術の特徴です。

カラヴァッジョ《音楽家たち》

カラヴァッジョ(本名 ミケランジェロ・メリージ)《音楽家たち》
1597年、油彩/カンヴァス、92.1×118.4cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Rogers Fund, 1952 / 52.81

17世紀イタリアの最大の巨匠カラヴァッジョは、迫真的な写実描写と劇的な明暗表現によって、バロック様式の立役者となりました。《音楽家たち》は1597年、26歳のカラヴァッジョが、最初のパトロンとなったデル・モンテ枢機卿のために描いたものです。この年、カラヴァッジョはデル・モンテ邸に食客として迎えられました。芸術を庇護したデル・モンテの館では、若者たちが音楽や演劇の集いを開いており、カラヴァッジョは彼らをモデルとしてこの作品を描いたようです。とはいえ、左端にキューピッドが描かれているため、合奏の情景の単なる再現ではなく、「音楽」と「愛」の寓意が主題ではないかと推測されてきました。右から2番目、角笛を手にした若者はカラヴァッジョの自画像と言われています。滑らかな白い肌の若者たちは両性具有的で、カラヴァッジョ特有のけだるい官能性を漂わせています。

ラ・トゥール《女占い師》

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《女占い師》
おそらく1630年代、油彩/カンヴァス、101.9×123.5cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Rogers Fund, 1960 / 60.30

ジョルジュ・ド・ラ・トゥールは17世紀のロレーヌ公国(現フランス北東部)で活躍し、ルイ13世の国王付き画家に任命されたほどの技量の持ち主でしたが、没後急速に忘れ去られ、20世紀に再評価された画家です。彼の作品は、明るい光に照らされた「昼の絵」と、蝋燭の灯が人物を照らしだす「夜の絵」の二つに大別されます。前者に属する《女占い師》には、占い師の老婆を見つめる若者が、周りの女性たちから財布や宝飾品を盗み取られる場面が描かれています。硬直したようなポーズ、にらみつけるような眼差し、派手な色の風変りな衣服が、強烈な印象を残します。占いの情景は、17世紀初頭のカラヴァッジョの作例を皮切りにヨーロッパ中で流行しました。ラ・トゥールの作品は、主題や明暗表現にカラヴァッジョの影響が感じられますが、彼がこうした流行をどのような経路で知ったのか、いまだに判明していません。

フェルメール《信仰の寓意》

ヨハネス・フェルメール《信仰の寓意》
1670-72年頃、油彩/カンヴァス、114.3×88.9cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
The Friedsam Collection, Bequest of Michael Friedsam, 1931 / 32.100.18

17世紀オランダの画家フェルメールは、オランダ市民の日常を描いた小ぶりの静謐な風俗画で有名ですが、晩年のこの作品は彼の全作品の中でも異例の寓意画です。キリストの磔刑の絵画を背にして座る女性は、「信仰」の擬人像です。胸に手を当てる仕草は心のなかの信仰を示し、地球儀を踏む動作はカトリック教会による世界の支配を示唆するものと解釈されます。十字架、杯、ミサ典書が載ったテーブルは聖餐式を暗示します。床には原罪を表すリンゴと、キリストの隠喩である教会の「隅の親石」に押しつぶされた蛇が見いだされます。プロテスタントを公認宗教としたオランダ共和国では、カトリック教徒は公の場での礼拝を禁じられましたが、「隠れ教会」と呼ばれる家の中の教会でミサや集会を行うことは容認されていました。ここに描かれた部屋は、こうした教会なのかもしれません。フェルメールはおそらく1653年の結婚を機にカトリックに改宗しています。

ブーシェ《ヴィーナスの化粧》

フランソワ・ブーシェ《ヴィーナスの化粧》
1751年、油彩/カンヴァス、108.3×85.1cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Bequest of William K. Vanderbilt, 1920 / 20.155.9

18世紀フランスのロココ美術を最盛期に導いたフランソワ・ブーシェは、官能的な神話場面や田園で男女が憩う情景をパステル調の色彩で華麗に描出した絵画により、王侯貴族に絶大な人気を博し、ルイ15世の愛妾ポンパドゥール夫人から15年以上にわたって寵愛されました。《ヴィーナスの化粧》はもともと、ポンパドゥール夫人のためにパリ近郊に建造されたベルヴュー城の「湯殿のアパルトマン」の装飾画で、《ヴィーナスの水浴》(ワシントン・ナショナル・ギャラリー)と対をなしていました。可愛らしく小首を傾げて座るヴィーナスの裸身は磁器のように白く滑らかで、甘い官能性を漂わせます。キューピッドと白いハトは、ヴィーナスの伝統的なアトリビュート(象徴物)です。豪奢な布地の質感がみごとに描写され、華やかな雰囲気を強調しています。

マリー・ドニーズ・ヴィレール《マリー・ジョセフィーヌ》

マリー・ドニーズ・ヴィレール《マリー・ジョゼフィーヌ・シャルロット・デュ・ヴァル・ドーニュ(1868年没)》
1801年、油彩/カンヴァス、161.3×128.6cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Mr. and Mrs. Isaac D. Fletcher Collection, Bequest of Isaac D. Fletcher, 1917 / 17.120.204

18世紀後半のフランスでは、社会的制約を受けながらも、様々な分野で女性が活躍し始めます。美術界にも、王妃マリー・アントワネットの専属画家を務めたエリザベート・ヴィジェ・ル・ブランをはじめ、画家を職業とする女性が現れました。ヴィジェ・ル・ブランの次世代の画家マリー・ドニーズ・ヴィレールは、アカデミー会員のアンヌ=ルイ・ジロデ・ド・ルシー=トリオゾンに絵画を学び、1799年から1814年の間にサロンに数回出品しています。この作品は、長いこと新古典主義の巨匠ジャック=ルイ・ダヴィッドが作者だと考えられていましたが、20世紀半ばに疑問視され、1996年に研究者によってヴィレールの手に帰されました。要素を絞った明晰な構図、逆光の効果の的確な描写などに確かな力量がうかがえます。女性画家をめぐる研究の進展を示す作品としても、注目されます。

III. 革命と人々のための芸術

19世紀はヨーロッパ全土に近代化の波が押し寄せた激動の時代でした。このセクションでは、市民社会の発展を背景にして、絵画に数々の革新をもたらした19世紀の画家たちの名画18点を展覧します。
 1789年に勃発したフランス革命は、フランスのみならず、全ヨーロッパの近代社会成立の転換点となり、その波は、各国で次々と民衆が蜂起した1848年に頂点に達しました。社会の急速な変化を受け、美術にも新たな潮流が次々と現れます。19世紀前半には、普遍的な理想美を追求するアカデミズムに対して、個人の感性や自由な想像力に基づき、幻想的な風景や物語場面を描くロマン主義が台頭します。そして世紀半ばになると、農民や労働者の生活情景や身近な風景を、理想化せずありのままに描くレアリスム(写実主義)が隆盛しました。
 レアリスムの成果は、近代化が進むパリの都市生活の諸相を描いたマネやドガ、そして1870年代に印象派と呼ばれることになるモネやルノワールの絵画に受け継がれていきます。印象派の画家たちは、様々な気象条件のなかで、新しいパリの街並みや郊外の風景を観察し、その一瞬の印象を、 純色の絵具と斑点のような筆触で描き留めようと試みました。
 1880年代後半になると、セザンヌ、ゴーギャン、ゴッホなど、ポスト印象派と総称される画家たちが躍進します。彼らの作風はそれぞれに異なるものの、形態の単純化、構図の平面性、原色を多用した鮮烈な色彩表現など、20世紀初頭の前衛芸術の先触れとなる要素を含んでいました。

ルノワール《ヒナギクを持つ少女》

オーギュスト・ルノワール《ヒナギクを持つ少女》
1889年、油彩/カンヴァス、65.1×54cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
The Mr. and Mrs. Henry Ittleson Jr. Purchase Fund, 1959 / 59.21

印象派の画家たちの多くが風景画を手がけたなかで、ルノワールは肖像画をはじめとする人物画で名声を確立しました。彼の人物画には晩年まで一貫して、若くふくよかな体つきの女性が登場します。彼女たちはルノワールにとって、量感表現や光の効果など、絵画の様々な課題の検討に最適なモチーフでした。1889年制作の《ヒナギクを持つ少女》には、1880年代にルノワールが模索した古典的様式と、柔らかく軽やかな筆致の融合を見ることができます。人物も風景も、線描を使わずに様々な色の濃淡で柔らかく描出され、画面全体が美しい色彩のハーモニーを奏でています。

ドガ《踊り子たち》

エドガー・ドガ《踊り子たち、ピンクと緑》
1890年頃、油彩/カンヴァス、82.2 × 75.6 cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
H. O. Havemeyer Collection, Bequest of Mrs. H. O. Havemeyer, 1929 / 29.100.42

印象派の画家として知られるエドガー・ドガは、踊り子を好んで多く描きました。《踊り子たち、ピンクと緑》では、物陰から覗き見るような視点から、舞台裏で衣装を整える踊り子たちの姿を描いています。ドガはこうした人々の何気ない動作を切り取って描くことを好みました。またクローズアップや唐突に切断された構図などには、当時人気のあった浮世絵や19世紀に発展した写真からの影響がうかがえます。この作品が描かれた頃、ドガの視力はすでに著しく衰えていました。それでも踊り子たちのふとした仕草を捉えるドガの目は鋭く、画面は鮮やかな色彩で輝いています。

セザンヌ《リンゴと洋ナシのある静物》

ポール・セザンヌ《リンゴと洋ナシのある静物》
1891-92年頃、油彩/カンヴァス、44.8×58.7 cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Bequest of Stephen C. Clark, 1960 / 61.101.3

この作品に描かれたリンゴと洋ナシは、堅固な形態を持ち、並々ならぬ存在感を放っています。机は傾き、壁は歪んでいるように見えますが、画面内の全ての要素が絶妙なバランスで描かれており、構図には確かな安定感があります。南仏のエクス=アン=プロヴァンスで制作に没頭したポール・セザンヌは、観察から得た生き生きとした感覚をカンヴァスに再現することに挑みました。あまりに革新的であったセザンヌの作品は、当時の大衆からは受け入れられませんでしたが、先進的な画家や美術批評家たちからは称賛され、その死後にはキュビスムをはじめとする20世紀初頭の前衛芸術に多大な影響を及ぼしました。

モネ《睡蓮》

クロード・モネ《睡蓮》
1916-19年、油彩/カンヴァス、130.2×200.7cm、ニューヨーク、メトロポリタン美術館
Gift of Louise Reinhardt Smith, 1983 / 1983.532

モネは、ジヴェルニーの自邸の庭に造った睡蓮の池を1897年頃からモチーフとし、約30年間描き続けました。これを描き始めた時から、睡蓮のテーマで一室を飾る構想を立て、1915年頃からモネが「大装飾画」と呼んだ大画面の作品を次々と生み出しました。その中の一つである本作には、当時白内障に侵されていたモネが見たヴィジョンとも言える遠近感のない不思議な光景が広がっています。空や様々な植物が池の水に反映する虚構と、水面の睡蓮の葉や水中の水草といった現実の対比から画面は構成され、それが青、緑、黄、白などの縦横無尽な筆致で彩られています。こうした抽象化された画面は、抽象表現主義の先駆けとして評価され、まさに前衛画家モネならではの作品となっています。