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  • 講演会・シンポジウム

講演会 美術館における漫画の拡がり:吉村 麗 キュレータートーク @ジャパン・ハウス ロンドン

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国立新美術館は20261月、本年10月に開幕する「少女漫画・インフィニティ 萩尾望都×山岸凉子×大和和紀 三人展」に先駆け、同館キュレーターで世界でも数少ないマンガ研究者のひとり、吉村麗によるトークイベントをロンドンとパリで開催しました。

吉村は、国立新美術館が主催した「MANGA⇔TOKYO」 (ラ・ヴィレット、2018年)と企画に深く関わった「Manga」 (大英博物館、2019年)が開催されたふたつの都市で、現地の専門家らと意見を交わしながら、美術館におけるマンガの拡がりや少女マンガの世界について語りました。

マンガは長らく大衆的娯楽として位置づけられてきたが、次第に日本の同時代文化を構成する中核的な視覚言語の一つとして、その地位を確立してきた。しかし、その文化機関への参入は一挙に達成されたものではなく、美術館、出版社、研究者のあいだで重ねられてきた議論と、きわめて繊細な判断と調整を経て、段階的に進行してきた過程であった。こうした制度的変化の長期的動向を、美術館および文化機関の内側から捉え直す試みとして、国立新美術館の学芸員である吉村麗が、ロンドンのジャパン・ハウス(Japan House London)において開催された講演の場で、現状の報告とその分析を提示した。当日は満員となった会場において、まずジャパン・ハウス・ロンドンの企画オフィサーである岡田翔太郎が当日の進行について説明を行い、続いて国立新美術館国際連携室長の高美玲が、吉村のこれまでの歩みを紹介した。マンガ研究を専門とする吉村は、2014年から2017年にかけて川崎市市民ミュージアムの漫画部門で学芸員を務めた後、2017年に国立新美術館の客員研究員に着任し、2021年より特定研究員、2025年より主任研究員を務めている。

講演は、逆説とも言うべき一つの指摘から始まった。日本において、マンガを美術史の内部に持続的に位置づけることのできるキュレーターは、いまだごく少数にとどまっている、というのである。この欠如は決して偶然的なものではない。それは、マンガが長らく付与されてきた地位――すなわち、子どものための娯楽として、次いで大量消費される商品として、そしてようやく、あらゆる世代に共有される視覚言語へと変容してきた歴史――を、間接的に物語っている。「日本では、マンガは至るところに存在しています」と吉村麗は述べるが、まさにその過剰な馴染み深さこそが、マンガを美術館における展示・収蔵の対象として概念化することを困難にしてきたのである。

吉村はさらに、戦後におけるマンガ研究の展開について次のように述べている。「マンガ研究の歩みを振り返ると、戦後しばらくのあいだ、マンガはなお子ども向けの娯楽として受け止められており、この分野に関する大学レベルの研究はごく限られていました。1970年代に入ると、マンガが大衆的な人気を獲得するのに伴って、批評や分析といった試みが徐々に現れ始めます。さらに1980年代には、在野のマンガ研究グループが各地で立ち上がり、大学においても社会史や文化史の授業のなかでマンガが扱われるようになりました。しかし、マンガ研究と学術的探究の本格的な拡大に決定的に寄与したのは、公立美術館においてマンガに特化した部門が段階的に設置されていったことでした」

美術館がいかにしてマンガを制度的に取り込んでいったのかを理解するために、吉村は一つの重要な制度的転換点へと遡る。1990年、東京国立近代美術館において、戦後マンガ表現を代表する作家であり、日本ではしばしば「マンガの神様」と称される手塚治虫を主題とした大規模な展覧会が開催されたのである。国立美術館がマンガを記録と展示の対象として扱うに値する文化的制作物として位置づけたのは、これが初めてのことであった。

もっとも、この転換は国立機関のみによって生じたものではない。同時に、地域社会により近しい公立美術館においても進行していた。1988年に開館した川崎市市民ミュージアムは、その象徴的な実験の場として位置づけられる。同館は、博物館と美術館という二つの性格を併せ持つハイブリッドな施設として、マンガ草創期の作品から同時代の制作に至るまで、きわめて充実したコレクションを有している。1990年代には、それらの収蔵品を基盤として、マンガ史を俯瞰する展覧会から、人気作家に焦点を当てた企画展に至るまで多様な展示を開催するとともに、女性誌を母体として発展してきた少女マンガのように、従来は周縁化されがちであった表現領域にも積極的に光を当てていった。

この動向を受け、1990年代から2000年代初頭にかけて、日本各地にマンガ専門館や作家個人を顕彰する記念館が相次いで設立されるようになる。これらの施設は、多くの場合、当該作家とゆかりの地に開設され、地域社会に深く根差しながら、地方経済の再活性化を目指す施策とも結びついていた。さらに、この時期に著名なマンガ家が相次いで逝去したことが、こうした動きをいっそう加速させた。記念館は、新たな観光資源としての役割を担うと同時に、マンガを文化的遺産として位置づけ、保存・継承していく過程そのものに寄与する存在として確立されていった。

制度的基盤の整備と歩調を合わせるかたちで、大学における研究体制もまた変容していった。吉村は、2000年代初頭に、それまで個別的かつ分散的であったマンガ研究を組織化する学術ネットワークが形成された点を指摘する。吉村は次のように述べている。「『マンガは芸術なのか』という問いは、私たちがしばしば向けられるものです。しかし私たちにとって、マンガは、すでに確立された芸術ジャンルと並び立つ視覚芸術の一形態にほかなりません。マンガは日本の歴史のなかで重要な位置を占めており、独自で強い意味を有しています。ただし、長年にわたって日常生活のなかに深く浸透してきたがゆえに、必ずしも芸術として意識されてこなかったという側面もあります」

国際的な〈まなざし〉も、吉村の分析におけるもう一つの重要なポイントだ。2019年、ロンドンの大英博物館は、マンガを主題とする初の大規模展を開催した。吉村麗はこの展覧会に、作品輸送の担当者(クーリエ)として、また展示設営のアドバイザーとして参画し、約一か月にわたり現地に滞在した。その反響は即座に現れた。海外の主要美術館がマンガを展示対象として選び取る場合、その効果は単なる文化外交の域にとどまらない。日本国内でも広く報道されたこの出来事は、出版社や作家の側にも波及し、マンガの価値に対する認識を変容させると同時に、文化的な正統性が外部からのまなざしによっても形成されうることを、明確に示す契機となった。

続いて吉村は、日本のマンガ市場の巨大さを背景として生じている展示の二極化について指摘する。すなわち一方には、出版社や広告主が主導し、露出度と収益性の向上を主たる目的とするプロモーション的イベントがあり、他方には、美術館や学術機関、研究者によって企画され、歴史的・批評的視座を重視する展覧会が存在する。「私たちキュレーターの役割は、特定のマンガ作品やマンガ家がマンガ史のなかでどのような位置を占めているのか、その作品がいかなる価値を持ち、将来の世代に伝承されるに値するのかを、つねに問い続けることにあります」と吉村は述べた。

続いて吉村は、自身の実務の現場である、2024年に開催された「CLAMP展」の制作過程を例に挙げて語った。発表された全23シリーズに加え、ほとんど眩暈を覚えるほどの膨大な図像群が存在し、そこには表紙、広告、派生的なイラストレーション、さらにはファンによる資料までが含まれていたという。吉村はここで、展覧会の構築に際して不可避となる「選択の倫理」について立ち返る。すなわち、資料を取捨選択すること、鑑賞の導線を構成すること、色彩のバランスや全体としての視覚的印象を検討すること、そして何よりも、作品に精通した観客のまなざしを先取りすることである。というのも、マンガ展には、作品を暗誦できるほどの読者も少なからず来場するため、わずかな欠落や些細な誤りであっても即座に指摘されてしまうからだ。そのため、展示制作は必然的に集団的な作業となり、継続的な確認と再検討が重ねられると同時に、しばしば極めて小型である原画を用いて天井高八メートルにも及ぶ展示空間をいかに「成立させるか」という、空間設計上の課題に対しても細心の注意が払われる。

講演の締めくくりにあたり、ひとつの問いの所在が明確になった。マンガを美術館の展示対象として制度的に位置づけることは、美術館による自己権威化のための演出でも、商業的回収を目的としたマーケティング戦略でもない。それは、美術館という制度そのものに対して、「芸術」とはいかなるものか、また、いかなる対象を保存すべき文化的価値として選び取るのかを再考させる、意味づけと継承の実践である。

数名の来場者が本企画への強い満足感を語った。ジムは、「展覧会がどのように構成され、また何を展示対象として選び取るのかについて、キュレーター自身の視点から説明を聞ける機会は、この種の場ではきわめて稀であり、その問題設定自体が非常に刺激的だった」と述べている。マンガへの深い関心をもつケルシーもこれに呼応し、「マンガ展をめぐる諸課題が、具体的かつ丁寧に語られていた点が印象に残った。いわば形成期にあたる数十年を振り返ることで、マンガが美術館史のなかで占めてきた特異な位置を理解することができた。大英博物館の展覧会を実際に鑑賞していたこともあり、今回はその舞台裏に踏み込めた点が、いっそう興味深かった」と語っている。

(レポート:クレマンス・ルルー、ジャーナリスト)

日時

2026年1月20日(火)
[第一部]18:30-19:30 講演会
 場所:地下ホール
[第二部]19:30-21:00 交流会
 場所:地下ロビー

会場

ジャパン・ハウス ロンドン ホール

対象 どなたでも
参加人数 97名

Photo: Daisy Wingate-Saul

主催

国立新美術館、ジャパン・ハウス ロンドン、独立行政法人日本芸術文化振興会、文化庁
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