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セクション3 萩尾望都

Theme 1 「ポーの一族」という衝撃

「ポーの一族」は、少女漫画の物語構造に新しい風を吹き込んだ画期的な作品であり、萩尾望都の名を広く知らしめることになった初期の代表作である。少年の姿のままバンパネラ(吸血鬼)となり、時を止めて生きるエドガーを中心に、時間や空間を超えて展開するその物語は、従来の直線的な語りとは異なる構造と深みを備えていた。

しかし、吸血鬼という主題への懸念や、当時まだ新人作家であったこともあり、すぐには連載に至らなかった。そこで萩尾は「すきとおった銀の髪」(1972年)、「ポーの村」(同 7月号)、「グレンスミスの日記」(同 8月号)と、同一の世界観をもつ短編を発表しながら作品世界を提示し、やがて連作として結実させていく。時系列がばらばらで、視点の異なるエピソードを一つの大きな物語に編み上げる手法は当時としては斬新で、ときに難解でもあったが、その幻想的で深遠な世界は、多くの読者に強烈な印象と余韻を残した。

ポーの一族

『別冊少女コミック』(小学館) 1972年3月号–1976年6月号/新シリーズ:『月刊flowers』(小学館) 2016年7月号–連載中

バンパネラ(吸血鬼)として永遠の時を生きることになった少年・エドガーを中心に、様々な時代・視点で描かれたオムニバス連作。1970年代に短編・中編あわせて15エピソードが発表された。2016年には40年以上の時を経て新シリーズ「ポーの一族 春の夢」の連載が開始され、多くのファンを驚かせた。萩尾が生涯をかけて取り組んでいる、作家の物語世界を象徴する作品といえる。

Theme 2 少年とギムナジウム

初期の萩尾の作品世界において、「少年」は重要なモチーフだ。読者とは異なる存在である少年たちを主人公に据えることによって、愛の定義や人間の存在意義といったある種究極の問いをその 「少年性」に託し、登場人物たちの繊細な心情と純粋な関係性を描き出すことに成功したのだった。

代表作「トーマの心臓」(1974年)では、寄宿制のギムナジウム(ドイツの中等教育機関)という閉ざされた空間のなかで、少年たちが自身の内面と向き合う時間が濃密に描かれる。ふと19世紀ヨーロッパの香り漂う非日常の舞台は現実から遠く離れた場として機能した。透明で緊張感に満ちたその描写は、少女漫画という表現にかつてない深度をもたらしたのである。

トーマの心臓

『週刊少女コミック』(小学館) 1974年5月5日号(19号)–12月12日号(52号)

冬の終わりの朝、トーマ・ヴェルナーが陸橋から落ちて死んだ。トーマは、慕っていた上級生のユーリ宛てに手紙を遺していた。そんななか、トーマに生き写しの転校生エーリクが現れ、ユーリの心は揺さぶられる。寄宿制のギムナジウム(ドイツの中等教育機関)を舞台に繊細で多感な少年たちが織りなす「愛」についての物語。

訪問者

『プチフラワー』(小学館) 1980年春の号(創刊号)

オスカーの父グスタフは売れない写真家で、母ヘラとは喧嘩ばかりだが、オスカーは神さまの話をしてくれる父が好きだった。9歳のクリスマス前、一家に悲劇が起こる。母を亡くしたオスカーは父グスタフとあてどない旅に出るが……。「トーマの心臓」に登場するオスカー・ライザーの、出生にまつわる秘密が明かされる前日譚。

11月のギムナジウム

『別冊少女コミック』(小学館)1971年11月号

寄宿制のギムナジウム(ドイツの中等教育機関)が舞台の物語。ある日問題を起こして転校してきたエーリク・ニーリッツは、自分によく似たトーマ・シューベルと出会う。初対面からトーマは様子が変だった。トーマはエーリクが15歳で死んだ自分の兄に瓜二つだと言うのだが……。のちに発表された「トーマの心臓」と重なるキャラクターが登場するが、実は未発表のまま萩尾は「トーマの心臓」を描いていた。この作品は、「トーマの心臓」のスピンオフとして先に発表された。

湖畔にて――エーリク 14と半分の年の夏

『ストロベリー・フィールズ』(新書館)描き下ろし 1976年

「トーマの心臓」の後日談。夏休み、ボーデンにいる義父シドのもとへやってきたエーリクの穏やかな日々を美しい言葉と絵で綴った作品。オスカーやユーリの消息にも触れられている。

Theme 3 少女の頃

萩尾作品において、「少女」の時間はきわめて繊細に、そして象徴的に描かれる。少女という時間は、失われていく一瞬の季節であるがゆえに、人々はその永遠性を追い求める。しかし、時間の外にとどまろうとする「少年」と、類似しつつもどこか対照的であると感じるのは、萩尾自身が「少女」であるからかもしれない。

「10月の少女たち」(1971年)や「ヴィオリータ」(1975年)といった初期の短編では少女期の儚さが強調されていたが、80年代に発表された「天使の擬態」(1984年)や歴史劇である「王妃マルゴ」(2012ー18年)では、少女が成長し、一人の女性としての人生を刻んでいく物語が描かれる。

10月の少女たち

『COM』(虫プロ商事株式会社)1971年10月号

トウラ、真知子、フライシー、それぞれ違う場所で暮らす三人の少女のアンソロジー。まだ恋を知らず、キスにあこがれるトウラ。恋を夢見て小説の中の理想と現実の男の子とのギャップに揺れる真知子。彼からの突然のプロポーズに戸惑うフライシー。儚く過ぎゆく少女時代を愛おしむような短編集。

千本めのピン

『週刊少女コミック』1973年お正月増刊『フラワーコミック』(小学館)1972年12月24日号

千本のピンを使って髪を美しく結い上げる7人姉妹のお姫様の一人が、1本のピンをなくしたことから始まる物語。ピンが足らないために髪が結えなくなってしまった末のお姫様はその代わりを探すのだが、どれもうまくいかない。明日は大事なお客様がくるのに……。童話の世界を絵本風に作り上げた作品。

ヴィオリータ

『JOTOMO』(小学館) 1975年12月号

年老いたヨハンが見る夢は、時に母であり、幼馴染であり、恋人であるヴィオリータ。しかし夢の中でヨハンはいつもヴィオリータをつかまえることができず、追い求め続ける。少女を永遠の存在として詠う抒情的作品。

花と光の中

『週刊少女コミック』(小学館)1976年3月28日号(14号)

幼馴染のルーとイザベルは、花と光に満ちた野辺でともに過ごした。いつまでも一緒に幸せに過ごすはずだった未来はイザベルの死によって突如途絶えてしまう。イザベルの死が受けいれられないまま大人になったルーは、ある日イザベルが成長したような姿のマーシと出会う。

万華鏡

『ペーパームーン』(新書館)1976年秋の号

少年は夏に訪れる別荘の村である少女に出会う。二人は無邪気に遊び、少年の宝物である万華鏡のように輝く夏の日を送った。やがて秋が訪れ少年が帰る日、泣きじゃくる少女と来年掘り返そうと約束をして、一緒に遊んだ木の根元に万華鏡を埋める。少年と少女の淡い恋を描いた掌編。

水色のエプロンの女の子

『LaLa」』(白泉社)1976年11月号

水色のエプロンの女の子にプロポーズする“ぼく”。ぼくは宇宙飛行士になりたいと夢を語るが、女の子は毎日家に帰ってくる人のお嫁さんになりたい。待っているだけなんていや。このプロポーズの結末は?かわいらしい詩画集。

マリーン 原作:今里孝子

『月刊セブンティーン』(集英社)1977年5月号

海辺の町で、病気の母と貧しく暮らす少年エイブは、お金持ちのペイトン家で小間使いをしていた。ある日街中でいじめられているところをマリーンという美しい女性に助けられる。海のような青い瞳のマリーンは、時折エイブの前に姿を現すようになり二人は絆を深めていくのだが……。今里孝子原作の切ない愛の物語。

天使の擬態

『プチフラワー』(小学館) 1984年11月号

有栖川次子は、海辺で大量の薬を飲み倒れているところを、教会に居候している織田四郎に助けられる。愚行を叱られ、素直にお礼が言えずに別れた次子だが、思いがけず自分が通う高校の新任教師として着任した四郎と再会する。お互いを意識する二人だったが……。少女の心の回復と再生を描いた物語。

海の青(ここではない★どこかシリーズ)

『月刊flowers』(小学館)009年7月号

自分を人魚姫だと思っている地味でまじめな大学生の浦島舞は、女の子に人気でチャラ男の天草夜羽根に憧れているが、“人魚姫”なゆえ、“王子様”とうまく話せない。ある日舞が文芸誌の新人賞をとったことで、夜羽根を食事に誘うが……。人魚姫の童話になぞらえたラブストーリー。

王妃マルゴ

『月刊YOU』(集英社) 2012年9月号 - 2018年11月号/『ココハナ』(集英社) 2019年1月号–2020年2月号

宗教対立の激化した16世紀フランス。フランス王アンリ2世とカトリーヌ・ド・メディシスの娘として生まれたマルゴは、権謀術数の宮廷政治に翻弄されながら成長する。美貌の王妃として名高いマルゴの生涯を、彼女をめぐる三人の「アンリ」との愛憎劇として描いた激動の時代背景を軸に描く長編歴史漫画。

Theme 4 SF・幻想世界

萩尾にとってSFは、生涯にわたり継続的に取り組んできたジャンルである。「ポーの一族」などの西洋が舞台の作品と同時期に発表された「11人いる!」(1975年)は、短い作品でありながら、本格的な宇宙SFとして注目を浴びた。

萩尾のSFの特徴は、科学的整合性の追求よりも、時間・空間・精神の在り方を多元的に捉え、哲学的に構築する点にある。特に、「スター・レッド」(1978-79年)、「銀の三角」(1980-82年)、「バルバラ異界」(2002-05年)などの作品群においては、異なる位相の世界が重層的に展開される。これらの作品に共通するのは、どこか異文化的な気配と幻想性を帯びた造形描写、静かなリズムである。

11人いる!

『別冊少女コミック』(小学館) 1975年9月号 - 11月号

宇宙大学の最終試験は、漂流している宇宙船で10人の受験生が力を合わせて53日間生き延びることだった。しかし、受験生が宇宙船に集まると、そこには一人多い11人が集っていた。11人目は何者か、その目的は? それぞれの事情を抱えた受験生たちが挑む、波乱の最終試験の幕が上がる。萩尾SFの白眉。

続・11人いる!―東の地平・西の永遠

『別冊少女コミック』(小学館)1976年12月号–1977年2月号

「11人いる!」の続編。宇宙大学に入学して3か月。入学試験を共に戦った若き王バセスカからの招待を受け、タダとフロルはアリトスカ・レへ向かう。しかし、観光気分も束の間、到着早々クーデターが起こり、バセスカは王位を剥奪され、隣国アリトスカ・ラとの戦争が始まる。タダ、フロルもその渦に巻き込まれ、解決の道を探ろうと奔走する。

ウは宇宙船のウ 原作:レイ・ブラッドベリ

『週刊マーガレット』(集英社) 1978年3月26日号(14号)

宇宙飛行士にあこがれる少年クリスとレイフ。毎日のように宇宙港でロケットを眺め、互いに夢を語り合っていた。宇宙へ行くには、選ばれるのを待たなければならない。ある日クリスの家に宇宙局の人がやってきて宇宙飛行士になる訓練に選抜されたと告げられたのだが……。SF作家レイ・ブラッドベリの短編を漫画化した作品。

百億の昼と千億の夜 原作:光瀬龍

『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)1977年8月15日号(34号)–1978年1月2日号(2号)

プラトン、シッタータ(仏陀)、阿修羅ら、歴史的、宗教的な存在を中心に、無数の文明が滅びと再生を繰り返すなか、宇宙を支配する超越的存在に迫ろうと果てのない戦いにのぞむ。神と人間、救済と進化の意味を壮大なスケールで描くSF長編。

スター・レッド

『週刊少女コミック』(小学館)1978年5月28日号(23号)–1979年2月5日号(3号)

地球に住む15歳の少女・星は、超能力を持つ、白い髪、赤い目の火星人であることを隠して生きていた。火星への望郷の念が日に日に強まるなか、ある日エルグという青年が星に近づき、自分も火星人だと告げる。そこから星の火星へむかう旅が始まるのだった。地球と火星、そして時空を超えた壮大なSFファンタジー。

ラーギニー

『SーFマガジン』(早川書房) 1980年2月号

美しい7人の姉妹は、日々神のための恋歌を歌う。彼らが交代で絶え間なく踊り歌うことで世界はつつがなく回ってゆく。姉妹の一人、サッシャと研究者のシグルは互いに惹かれあい、恋に夢中になったサッシャは、自分の番で歌を歌うことを忘れてしまう。古代神話のような世界観が美しい短編SF。

銀の三角

『SーFマガジン』(早川書房)1980年12月号–1982年6月号

中央の保安局員マーリーは、予知能力で社会の混乱を排除する任務を負っている。ある日、変動指数の高い音楽を聴きその調査に向かう。そしてはるか昔、銀の三角という星に住んでいた、音楽に特殊な能力を持つ美しい種族について知る。すでに滅びたその種をめぐり、過去から未来へ時空を超えて複雑に展開する長編SF。

A–A’

『月刊プリンセス』(秋田書店)1981年8月号

変異種で感情の乏しい一角獣種であるアディは、プロキシマ計画の最中、事故で死んだ。しかし保管されていたクローン体でよみがえり、3年前の記憶のまま、再び元の職場へ戻る。そこには恋人のレグがいるが、3年間の記憶のないアディはレグと過ごした日々を知らない。レグもまた、オリジナルのアディとクローンのアディの間で揺れる。切ない抒情をたたえたSFロマン。

4/4 カトルカース

『プチフラワー』(小学館)1983年11月号

「A-A’」に続く、一角獣種のSFロマン。超能力を持ちながらコントロールの効かない少年モリは、一角獣種の少女トリルに出会う。モリはトリルの感情を読み取り、トリルが側にいると能力をコントロールできる。共鳴しあう二人は急速に近づくが、そこに思いがけない悲劇が。ひかれあう魂の行く末は――?

X+Y

『プチフラワー』(小学館)1984年7月号–8月号

地球代表で火星改造計画に参加する研究者で一角獣種のタクトは、火星に行く直前に、自分の染色体がXXの女性であることが判明。女性の恋人がいるタクトは、女性化を拒んだまま火星へ向かい、モリに出会う。トリルと同じ一角獣種のタクトが気になるモリだが……。前作「4/4 カトルカース」の続編SFロマン。

マージナル

『プチフラワー』(小学館)1985年8月号–1987年10月号

すべての人はみな“唯一の母”ホウリ・マザの“息子”という社会構造を持つ男だけの世界、地球(マージナル)。しかしマザは暗殺され、人々は新たなマザの登場を待ちわびる。一方、砂漠に突如現れた記憶のない少年キラは、マザを暗殺したグリンジャに拾われ、岩屋に住むアシジンと出会う。キラは彼らと交わり世界で唯一の受胎した存在となる。キラが新たなマザなのか?2999年の地球を舞台にしたSF作品。

きみは美しい瞳

『月刊Asuka』(角川書店)1985年8月号(創刊号)

聖職者を目指すメールデールは、友人ハプトから美しい瞳の夢鳥(ゆめどり)を譲り受けた。夢鳥は夢を使って人の心の深層を見せる能力がある。貴重な種のため、保護区のある星に戻そうとしたメールデールだが、その途中で夢鳥に悪夢を見せられ、悲劇が起こる。美しく悲しいSFロマン。

あぶない丘の家

『月刊ASUKA増刊 ファンタジーDX』(角川書店)1992年夏の号–『月刊ファンタジーDX』(角川書店)1994年10月号

両親を亡くし、兄アズミと二人で暮らす真比古。月が丘の自宅で起こる怪奇現象を機に、神主のおじいさんから家にまつわる秘密を知らされる。兄の秘密や不思議な出来事に巻き込まれながら、幽霊やタイムスリップ、未来から来た転校生など奇妙な出来事に翻弄される兄弟の日常が描かれる。4編からなるユーモラスで不思議な連作シリーズ。

バルバラ異界

『月刊flowers』(小学館)2002年9月号2005年8月号

人の夢から情報を得る特殊能力を持つ渡会時夫は、7年間眠り続ける少女、十条青羽の夢に潜る仕事を依頼される。青羽は夢の中の「バルバラ」という島で幸せに暮らしていたが、そのバルバラは時夫の息子キリヤの空想から生まれたものだった……。夢と現実を往還しながら紡がれるSF作品。

AWAY -アウェイ- 原案:小松左京「お召し」

『月刊flowers』(小学館)2013年6月号 - 2015年8月号

2033年のある朝、目覚めたら大人たちが消えていた。子どもだけの「AWAY」と大人だけの「HOME」に世界は分けられてしまったのだ。中学生の一紀たちは互いに助け合い、懸命に生き抜こうとする。なぜ世界は二つに分けられてしまったのか?

Theme 5 音楽とバレエ

萩尾の作品には、芸術としての音楽やバレエに着目した作品も多い。それらは単なる題材にとどまらず、人物の感情や関係性を描き出すための重要な装置となっている。

「完全犯罪 フェアリー」(1988年)は全編を通して甲斐よしひろの楽曲の歌詞になぞらえた演出でストーリーが進んでいく異色の構成で、ミュージカルを漫画で表現しようとした挑戦的な作品だ。

また、長編「フラワー・フェスティバル」(1988-89年)に代表されるバレエ作品では、家族や恋人との関係性の間に生まれる摩擦や葛藤が、ダンスという身体表象を通して立ち上がる。

アメリカン・パイ

『月刊プリンセス』(秋田書店) 1976年2月号–3月号

マイアミのミュージシャン、グラン・パは、ある日リューと名乗る少年のような少女を拾い、面倒を見始める。どこか訳ありで自分のことを語らないリューに、グラン・パは、歌うことをすすめ、リューは自分の想いを朗々と歌いあげる。その裏に潜むリューの事情とは。

完全犯罪 フェアリー

『プチフラワー』(小学館)1988年2月号–4月号

ミュージカル『GOLD』のヒロイン花夜子が死んだ。相手役の光介は役を降ろされ、端役だったルイが主演を務めることにとなり、その幸運な展開が周囲の疑惑を引き寄せる。甲斐よしひろの曲とコラボレーションしたミステリー。

フラワー・フェスティバル

『プチフラワー』(小学館)1988年7月号–1989年7月号

バレエが好きな高校生のみどりは、義兄の薫に恋している。夏休みに薫のいるロンドンのバレエスクールのサマーキャンプに参加し、ホームステイや日本とは違うバレエの環境で戸惑いつつも成長してゆく。そして、新作公演の大役に抜擢されるのだが……。

海のアリア

『月刊Asuka』(角川書店)1989年8月号–1991年5月号

嵐の日にヨットで鎌倉の海に出た十里たち4人は、荒れる海で遭難し、海上に火の玉を見る。そしてアベルだけが戻ってこなかった。半月後、沖縄にアベルそっくりの少年が歌手のマリサの前に現れた。少年は記憶を失っていたが、ピアノで見事な音楽を奏で、二人は一緒に暮らし始めるが……。海と音楽が美しく描かれたSFファンタジー。

ジュリエットの恋人

『プチフラワー』(小学館)1991年3月号

5年ぶりに再会したバレエ・ダンサーのサンドラとアルノー。二人は以前ロミオとジュリエット役でパートナーを務め、今、再び同じ配役で踊ることになった。サンドラはアルノーに恋心を告白するが、アルノーは頑なにサンドラを拒絶し続ける。踊れば息はぴったりだが、素直になれない二人が織りなすラブ・ロマンス。

感謝知らずの男

『プチフラワー』(小学館)1991年5月号–7月号

バレエ・ダンサーのレヴィは、不眠症に悩まされていた。静かな環境を求めて下宿先を変えたが、同居人のモリスとその恋人ミリーはおせっかいで、何かとレヴィをかまう。ほっといてほしいレヴィだが、二人は意に介さない。そのうちミリーはレヴィが気になりだし、三角関係に!? 美しいバレエにのせて、ナイーブな青年の内側を描いた作品。

狂おしい月星(感謝知らずの男シリーズ)

『プチフラワー』(小学館)1992年3月号

バレエ団に入団したレヴィの舞台に魅せられた学生カメラマンのアーチーは、レヴィをモデルに写真を撮り始めた。レンズ越しに視線を感じながら楽しく踊るレヴィ。感性の近い二人は友情をはぐくんでいく。しかしレヴィを撮った写真が注目されたことから少しずつ歯車が噛みあわなくなり……。「感謝知らずの男」の続編。

海賊と姫君

『プチフラワー』(小学館)1989年9月号

ニューヨークからパリに来たローズマリィは、モダンバレエのダンサー。しかし、クラシックの演目『海賊と姫君』で主役が負傷したことを機に、海賊役のオリバーに請われ姫君役を演じることになる。かつての恋人ミカヤと踊った思い出を胸に、心の奥に秘めていた感情が揺れ動く。バレエに託された恋の行方を描く物語。

青い鳥

『プチフラワー』(小学館)1989年11月号

パリ・マリ・バレエ団のヤン・ラファティは17歳のとき『青い鳥』でデビューして以来、高い評価を得て、有望なスキピオ・バレエに招かれる。彼をライバル視するアシュアや恋人チャーミアンと新作『ナイチンゲール』に挑み、成功をおさめるが、ヤンは人間関係に苦しみ、孤独を抱えていく。青い鳥のイメージを背負いながら成長と葛藤が描かれる青春バレエ漫画。

ロットバルト

『プチフラワー』(小学館)1991年1月号

ラ・フォス・バレエ団にゲストとして招かれたロブは、トップスターのイブに反発されながらも『白鳥の湖』で悪魔ロットバルトを演じる。しかし公演は思わぬ事故で中断し、新入りのピナが主役のオデット姫に抜擢される。新たなメンバーで再演に臨むが、舞台では次々と異変が起こる。推理的要素と波乱を軽やかに描く。

Theme 6 内面のドラマ

萩尾作品を特徴づける最も重要な要素の一つが、人物の内面を徹底して描き出すその表現である。あらゆる感情や記憶、自己認識の揺らぎといった、目には見えない領域が、多くの物語の中核 をなしている。

「半神」(1984年)は、結合双生児という特別な存在を通して、自己とは何かという根源的な問いを提示した作品。また、「メッシュ」(1980-84年)では、パリを舞台に、孤独な青年が自己と向き合う過程が連作形式で描かれ、80年代を代表する作品として位置づけられる。さらに、円熟期を迎えた萩尾が90年代初頭から手がけた「残酷な神が支配する」(1992-2001年)では、暴力によって深く傷ついた精神が崩壊し、やがて再生へと向かうまでの過程を長期にわたって描き出した。

萩尾の物語は、自己という存在の不確かさと複雑さを、淡々と、しかし執拗に問い続けている。

メッシュ

『プチフラワー』(小学館) 1980年夏の号–1984年6月号

パリに住む画家のミロンの家に、ひょんなことから金髪に銀色が一筋入った中性的な美青年“メッシュ”が転がり込んでくる。自分を取り囲む複雑な家庭環境や陰謀に翻弄されるメッシュだったが、ミロンとの生活のなかで徐々に自己と向き合っていく。80年代を代表する萩尾のビルドゥングスロマンの傑作。

恐るべき子どもたち 原作:ジャン・コクトー

『月刊セブンティーン』(集英社)1979年5月号–8月号

14歳のポールは、病気の母と看護する姉・エリザベートとともにパリで暮らしていた。病弱なポールと、そんな弟を放っておけないエリザベートは、閉ざされた部屋の中で空想の世界へ遊ぶことを楽しみ、友人のジェラールだけがその世界を共有していた。ある日エリザベートが友人アガートを連れてくることでその関係にゆがみが生じる。

城

『プチフラワー』(小学館)1983年9月号

幼いころに両親が離婚し、父親と暮らすラドクリフ。ラドクリフの心のなかでは小鬼が白と黒の石を積んで「城」を作っている。寄宿学校で出会った優等生のアダムといじめっ子のオシアンとの関係性を通じて、理想と現実の矛盾を学んでいく。喪失を抱えた少年の成長の物語。

半神

『プチフラワー』(小学館)1984年1月号

一卵性の結合双生児の姉妹ユーシーとユージーは、腰がくっついているため離れられない。妹のユーシーは美しいが頭が弱く、姉のユージーは頭が良いが醜い姿。いつも妹と比較されて面白くないユージーだが、成長とともに二人分の生命維持を担っていたユージーの体に限界が訪れ、分離手術の話が持ち上がる。

残酷な神が支配する

『プチフラワー』(小学館)1992年7月号–2001年7月号

15歳の少年ジェルミは母サンドラの再婚相手で養父のグレッグに性的虐待を受ける地獄のような日々を送っていた。誰にも言えない苦しみのなか、ついにグレッグを殺そうと決意するが、事態は思いがけない方向へ展開していく。家族の愛と支配、トラウマからの再生を重層的に描いた萩尾望都の長編心理ドラマ。

Theme 7 社会と向き合う

萩尾は長らく人間の内面や時間、そして宇宙といった主題を中心に作品世界を築いてきたが、2011年の東日本大震災を契機に、現実の社会的課題へと大きく踏み出した。一連の作品は、それまでの作風との連続性を保ちながらも、読者に強い驚きをもって受け止められた。
福島を舞台にした「なのはな」(2011年)や核物質を擬人化した「プルート夫人」(2011年)をはじめとする3部作では、原発や核の功罪、そして戦争と平和といった問題が取り上げられる。それらは単なる社会的メッセージとしてではなく、個々の人生や記憶と密接に結びついたものとして描かれるのだ。
萩尾はここでもまた、外側の現実を描くと同時に、それを引き受ける人間の内面へと視線を向けている。社会と個人とを切り離すことなく見つめるその姿勢は、新たな領域を切り拓いた試みであった。

なのはな(ここではない★どこかシリーズ)

『月刊flowers』(小学館) 2011年8月号

フクシマで避難生活を送るナホは、震災で行方不明になった祖母を捜していた。夜ごと見る夢の中で、ナホはチェルノブイリに住む少女に出会う。ある日祖母の友人から、祖母がチェルノブイリの被ばくした子どもたちに人形を送っていたことを知る。3.11東日本大震災以後の世界を描いた再生と希望の物語。

なのはな-幻想『銀河鉄道の夜』

『萩尾望都作品集 なのはな』(小学館)描き下ろし 2012年

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を読みながら眠ってしまったナホは、夢の中で兄の学と銀河鉄道に乗る。列車には、親からはぐれた幼い子や、牛や動物たちも乗っていて、車窓からは、「フクシマゲンパツ」の除染作業が見える。そしてナホは行方不明だった祖母に再会する。「なのはな」の続編。鎮魂の物語。

プルート夫人(ここではない★どこかシリーズ)

『月刊flowers』(小学館)2011年10月号

輝くほどに美しいプルート夫人。人類の運命を決めるため、彼女は審判の場に臨んでいた。人類は彼女のパワーに魅了され、同時に恐れる。「なのはな」に続く、放射能汚染と核保有問題をテーマにした物語。

雨の夜―ウラノス伯爵(ここではない★どこかシリーズ)

『月刊flowers』(小学館)2012年2月号

人を愛し、その望みを何でも叶えてくれるウラノス伯爵。ある者はダイヤを、ある者は高級車を望み、街や飛行場も贈り物として用意された。だがアンが望んだのは放射能に汚染されていない安全な土地と食料と水だった。人と放射性物質との共存をテーマに描いた短編。

サロメ20XX(ここではない★どこかシリーズ)

『月刊flowers』(小学館)2012年3月号

美しい踊り子サロメは、ヨカナーンのために踊る。踊りが最後に近づいたとき、サロメは突如現れた除染服の者につかまえられ、地下牢へ閉じ込められる。「なのはな」、「プルート夫人」、「雨の夜-ウラノス伯爵」に続く、核物質を扱った作品。

福島ドライブ

『ビッグコミック』(小学館)2013年11月10日号(21号)

福島出身の若い男女の恋の記憶をドライブする車の疾走感と重ねて描く。萩尾が甲斐よしひろの曲『立川ドライブ』に着想を得て、舞台を立川から福島に変え、歌詞に物語と絵をつけて展開した作品。「なのはな」から始まる一連の震災シリーズの一作。

Theme 8「とってもしあわせモトちゃん」とイラストレーション

萩尾は、重厚な物語を発表する一方で、ユーモアと遊び心に満ちた作品も魅力だ。

「とってもしあわせモトちゃん」は、1970年代前半に『週刊少女コミック』や『別冊少女コミック』、『ちゃお』(いずれも小学館)に不定期掲載されたショート漫画シリーズである。作家と同じ名前のキャラクター「モトちゃん」は、空を飛ぶ緑色の不思議な生き物。人間の少年・ジョニーウォーカーくんやピンク色の小鳥のレミちゃんとともに繰り広げる自由気ままな日常には、萩尾ならではのユーモアと想像力が溢れている。

また、萩尾はエッセイやイラストレーションも多数手がけている。本コーナーでは、1970年代後半のヨーロッパ旅行を題材にしたイラストエッセイや、雑誌の表紙などを飾った華麗なイラストレーションを通して、漫画とは異なる軽やかな魅力を紹介する。

とってもしあわせモトちゃん

『週刊少女コミック』『別冊少女コミック』『ちゃお』ほか不定期連載

『別冊少女コミック』(小学館)1972年10月増刊–『おひさま』(小学館)1976年7月号
緑色の謎の生き物・モトちゃんと、人間の少年・ジョニーウォーカーくんたちの少し不思議な日常生活を描いたかわいいギャグコメディ。基本的には12コマのコマ漫画だが、時折数ページの短編もある。「ポーの一族」の主人公エドガーに似た「エロガー・ポーチネロ」がゲスト出演するパロディエピソードも描かれている。